しくじり先生にも出演して話題となった「DJ社長(木元駿之介)」の壮絶な人生を振り返る。

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YouTubeで大成功を収め、今は福岡ドームで単独ライブをするほどの人気者となったレペゼン地球。そのリーダーであるDJ社長の人生を振り返ってみよう。

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DJ社長のプロフィール

DJ社長(本名:木元駿之介)
生年月日: 1992年8月29日 (年齢 28歳)
身長: 173 cm

【肩書】
・『Life Group』最高責任者
・『株式会社PARIST』代表取締役 社長
・『BAR PariS』オーナー
・『DJ BAR エルフ』オーナー
・『レペゼン地球』代表
【主催イベント】
『博多Life』『渋谷Life』『熊本Life』『Summer Life Fes』『TOM』『リアーマ』『サマーゴットフェス』『キャンフェス』『ハロパフェ』『エルフラ』
【イベントを教え、独立していったイベント】
ー福岡県ー
『papapaparty!!』『九州シェイク』『R3V3』『Awake』『LINK』『絆ALIVE』『爆音ノイズ』『monkey』『StarDust』『HEAVEN』『シャボン』『ジャムス』『seven 7 night』『美男美女の会』『Artemis』『グレア』『ジャック』『P@STEL』『フライングゲット』『ハニフラ』『1C』『HIGHEST』『ERIZA』『ジュネス』『ニュクス』『SPIRITS』『ドンパッチ』『FEU』
ー県外ー
『VIPS(東京)』『silver祭(東京)』『愛知LINK(愛知)』『ルーチェ(熊本)』『UNITY(熊本)』『スフィーダ(鹿児島)』『大阪Awake(大阪)』『わっぜSTYLE(鹿児島)』
計36団体

DJ社長の人生(福岡星稜高校 ~ 駒澤大学経営学部入学 ~ 地元福岡で起業まで)

福岡生まれ福岡育ったDJ社長(木元駿之介)は、地元福岡の高校、福岡市立福岡西陵高校に進学する。偏差値は58と高く、地頭の良さが伺える。しかし、高校時代は「カラーギャング」に参加するなど、素行不良が目立ち、高校を1年留年してしまう。

『なんでもいいからとにかくBIGになりたい』そう思っていたため、起業しようと考えていたが、両親から「大学まではちゃんと通って欲しい」というお願いをされ、今まで育ててもらった恩もあるため、大学への進学を決心する。高校時代に既に「社長になろう」と決心していたこともあり、会社の建て方を学ぶために駒澤大学経営学部に進学する。こちらも偏差値52~57と高めの学校のため、留年していた高校生の進学先としては十分良いといえる。

福岡から上京し友達0、人脈0、知識0、経験0でビジネスの世界に飛び込み、毎日いろんな会社の社長さんに会いに行き話を聞いて回ったDJ社長だったが、結局話を聞いて回っても自分が何をすればいいのか全く分からなかった。

そんな時に「学イベ」と呼ばれる若者主催のDJフェスに出会い、イベントを主催してお金を稼ぐという手法があることを知るとともに、『同世代だけで企画、運営をして、ひとつのイベントを創りあげているんだ』と強く胸を打たれた。「これなら俺にもできる」そして「やるからには一番になりたい」そう思いオーガナイザーとして頑張り始る事を決意する。

失敗を繰り返しながらもイベントを何十回も主催し続ける。その結果、わずか1年でZeep東京を貸切り2500人を動員、当時1番のイベントを主催するまでに成長した。そのイベントはテレビやYahoo!ニュースにも取り上げられるほど話題となり、一躍若手起業家の筆頭に躍り出たDJ社長は、名前が売れたのにあわせその知名度を活かして仲介業、コンサル業、ネットビジネス、セミナー講師などいろんなことに手を伸ばした。それと同時にイベント業も続け、Zeppのイベントから約3ヶ月後には『アジア最大の箱』と言われるスタジオコースト『通称;アゲハ』を貸し切り3500人を動員し日本一のイベンターと呼ばれるようになっていた。

きっかけをくれた環境やビジネスを教えてくれた先輩、ついてきてくれた仲間に感謝し、「本当に東京に来てよかった」と思ったのと同時に「地元、福岡をイベントで盛り上げたい」と思った。そしてアゲハのイベントが終わり、地元福岡で起業することを決意した。

DJ社長の人生(地元福岡で起業 ~ レペゼン地球結成まで)

帰郷してからは地元の友人や後輩を誘い、2013年8月29日、21歳の誕生日に社員6人で株式会社『PARIST』を起業。家賃5万円の部屋を事務所として借りた。また、起業した次の月には開業資金500万円のうち300万円を使ってバー「Paris」もオープンさせる。

福岡でイベント団体「博多Life」を設立し、色々な大学に立ちスタッフを集め、ハロウィンでは福岡最大級のクラブを2店舗も同時に貸し切り2700人動員したり、クリスマスではビルの箱を何箇所も貸し切り3000人動員しバレンタインではZepp福岡を異例のオールナイトで貸し切り2500人動員するなど、福岡でも見事成功を収めるが。仲間達とともに頑張り続け「博多Life」はわずか半年で九州最大のイベント会社となる。博多Life創立1年のアニバーサリーイベントでは経費3500万円をかけ、福岡市の後援を得て、福岡国際センターで大人気モデルや有名アーティストに出演してもらい学イベの枠を超えるイベントとなった。その過程でイベントというものを たくさんの後輩に教え、数々の有名イベンターを輩出し続けた。

こうして木元は九州最大のイベント団体のトップになったが、程なくして詐欺被害に遭い、手元にあった現金1000万円以上を全て失う。東京で無一文になった時とは違い大勢の部下を抱えているため安直にお金が無いことを口外するわけにもいかず、金策を得るため上京。交通費すら無かったため移動手段はヒッチハイクだった。頼れる限りの人脈を全て使い金を借りるも、その中でまた詐欺に遭い更に金を失ったりしたという。追い詰められていく内に又借りを繰り返し借金地獄に陥り、2000万~3000万円の負債を背負うこととなる。

そのような中で「借金を返すために借金してもダメだ、ちゃんと稼いだお金で払わないと」と考え、大金を稼ぐために巨大なイベントを開催すること、そのために金を借りることを決める。やっと借りれた時には既に5000~6000万円の借金を背負っていた。しかし、その資金を使い背水の陣で臨んだ2014年10月25日の福岡国際センターでのイベント[25]は定員1万人に対して4000人しか来ず結果として失敗に終わり、当初の借金が倍になったという。

さすがの木元もイベント終了後しばらく落ち込んでいたが、一週間後の2014年11月2日~11月3日にかけて同い年のきゃりーぱみゅぱみゅが(さらに定員数の多い)マリンメッセ福岡を満杯にしたのを知り、「俺も有名人になろう」と思い立つ。唯一趣味でDJをやっていたことと一人でもできることから「DJで成り上がるしかない」と考え、木元は本格的に「DJ社長」として活動を始める。「趣味」とはいえ、以前から自らのイベントに「DJ社長」として出演したり、リミックス音源をSoundCloudにアップロードしたりしていた。

DJ社長の人生(レペゼン地球結成以降)

DJ社長となって活動することを決めたその日から、スーツを着るのをやめ、本名の木元ではなくDJ社長と名乗りイベンターでもなく、ビジネスマンではなく、エンターテイナーとして活動を始めた。

どんだけ福岡でビジネスで活躍しててもDJとしては無名の新米。最初はギャラどころか交通費すらもらえなかった。自腹で飛び回り『たった15分でいいからDJさせてくれないか?』と頭を下げて回った。誰よりも早く会場に来て準備を手伝い、誰よりも遅く残りスタッフと片付けを一緒にする。お客さんに自分から話しかけ、自分から写真を一緒に取りましょうとお願いしてきてくれてありがとうと一人一人に伝えて回った。

「人と違うDJにならないと」と思ってJ-POPをかけたり下ネタをマイクで叫んだりあの手この手で人と違うことをやり続けた。正直、最初はめちゃくちゃ叩かれた。周りのDJに「あんなのDJじゃない」といわれスタッフにも「箱のイメージが壊れる」といわれお客さんからも「そんな曲じゃ踊れない」だの言われ続けた。それでも、やり続けた。自分の名前を売るために体を張り続けた。テキーラを瓶ごと飲んで話題を産むなら何本でも飲んでやる火傷しても怪我してもそれが面白いなら全然構わない。そういった心意気で頑張り続けた。また、この頃から知名度を上げるためにTwitterで動画をアップロードするようになる。現在でも知られる「テキーラ一気飲み」もこの頃からのネタである。

その後も奇抜なDJパフォーマンスとネタ動画の投稿を続けていった結果、少しずつではあるが知名度と人気が出てくるようになりオファーも増え始める。その内複数の現場からオファーが来る事態が何度か続くようになり、社長はDJグループを作ることを思い立つ。8月25日にDJ社長、DJふぉい、DJ BANBANの3人でレペゼン地球が結成された。

社長はふぉいに声をかける際、「お前の人生凄い大きく左右させるような話やし、ネットでお前の悪口いっぱい書かれるけど、それでも大丈夫か?」と聞いたが、ふぉいはあっさり快諾し、翌日「学校辞めてきましたよー!」と報告してきたという。その後、社長は銀太にもふぉいと同じことを聞いたが、「何かに誘われるのかなと思ったんで、もう部活と学校辞めてきました」とこちらもあっさり快諾。10月7日にDJ BANBANが脱退しDJ銀太が加入。レペゼン地球として本格的に活動を開始する。

当時は金が無かったため3人で高速バスで移動し、宿泊代節約のためクラブのソファやラブホテルの駐車場で仮眠を取ったり、イベントの主催者の家に泊まらせてもらったりしていた。せっかく現場に辿り着いたのに客が5人ほどしかいないということもあったという。また、DJだけでは食べていけないため「エルフ」というバーの経営で生計を立てていたが、この時の店長が脇で、まるがバイトをしていた。「当時のレペゼン地球がDJ活動に専念できたのは彼らのおかげだ」と後に社長が語っている。しかし主を失って久しい博多Lifeは1年余りですっかり衰退してしまい、福岡国際センターでのイベントの際に250人いたスタッフも10人弱にまで減少した[30]。

2016年1月にはYouTubeを開始。レペゼン地球の知名度も上がってくるが、活動内容を快く思わない人々も多く、ネットで「あんなのDJじゃない」「色物」「すぐ消える」などといった悪口を書かれ続けていた。そんな中、同年4月にYouTubeに公開した2thシングル「YSP」の過激な歌詞が賛否を呼び(ちなみに「YSP」は「ヤリ捨てポイ」の意味)、SNS上で話題になり一気にブレイクする。

その後も毎日のように全国のクラブでライブを行っていたが、社長は「この活動を続けても多分きゃりーぱみゅぱみゅ超えれないな」「レペゼン地球がDJ回すって言ったときに、何人の人がわざわざ俺らのために来てくれるんだろう?」と考えるようになる。”クラブに既にいるお客さんを楽しませる”という従来のやり方ではなく、「自分目当てのお客さんを作ろう」と考え、チケットぴあでチケットを販売し、昼間の時間帯にライブハウスで全国ツアーを行う(通常のクラブイベントは深夜帯営業で、DJやイベンターが知り合いや通行人に声をかけて来てもらうのが普通だった)。地方によっては10~20人しか来ない所もあったものの、東京では200人分のチケットを完売。自分たちを目当てに来てくれた人が200人もいることに感動したという。

その後社長は自分の活動にけじめを付けるため、福岡でバー「Paris」「エルフ」を閉店、博多Lifeの事務所も閉鎖する。全く行けていなかった駒澤大学も退学し、音楽とYouTubeの活動に専念することとなった。

DJ社長、自身が振り返る今までの生き方について

これだけの壮絶な人生を渡り歩いたDJ社長は自分の人生について、自分のブログで次のように語っている。

※以下、本人のブログより引用 https://ameblo.jp/dj-shacho/

詐欺に騙されて社員の給料も払えなくなったり、、、、失敗して赤字で会場代の支払い待ってもらったり、、、、僕はたーーーーくさんの人に迷惑かけて生きてきました。はい。友達にも、親にも、、、先輩後輩、スタッフ、元社員、取引先、その他ありとあらゆる人(多すぎて書けない)そんな多大なる迷惑をあらゆる人にかけながらも好きなことで生きてきた俺は絶対に良いヤツではない。

だからあの動画見て「私も好きなことで生きていきたい!」って思った人に言いたい、、、、好きなことで生きてたらいっぱい迷惑かけるよ?

俺は昔から好きなことして生きてきた。

・学校行きたくない時は行かない。
・バイトも行きたくない時は行かない。
・そして辞めたいと思ったら すぐ辞める。
  んでもっと楽しそうなバイト先見つけて移動する。

どう? めっちゃクズやろ?
そんなクズな俺は
「社長になれば、俺のクズライフはクソ充実する!^ ^」と考えた(たぶん世界中の社長に失礼)
『お金がいっぱい欲しかったから社長になった』はずだった。。。。
でも 気がついたら社長になったせいで借金まみれになってた。。。

家賃払えないからホームレスだったし。19円のスーパーのもやしとかで飢えに耐える毎日。
『誰にもペコペコしたくないから社長になった』はずだった。。。
でも気がついたら誰よりもペコペコしてた。。。迷惑かけた人や借金の取り立てに謝る毎日。

『サラリーマンの100倍ラクしたいから社長になった』
はずだった。。。でも気がついたらサラリーマンの100倍苦労してた。

なんとしてでもイベントでお金稼がないといけないから集客集客で全然ねれない毎日。
いつのまにかやりたくない事してた。。。

さらにいろんなやつから「かわいそう」とか「あいつは馬鹿だ」とか言われまくってた。
でも、ぶっちゃけ俺はなんとも思ってなかった。だって俺は「やりたい事の為に」やりたくない事やってるだけだから。だから、同情とか憐れみとかされても逆に困る。俺には「やりたくない事してでもやりたい事」があるだけの話。

たまに「DJ社長は頭がいい」とか言ってくれる人いるけど、マジで別にそんな大したことはない。そもそも本当に頭がいいならこんなに苦労してないし、失敗もするわけないむしろ頭悪いから俺はそんな複雑で難しい事は何も考えない。何事もシンプルに天秤にかけるだけ。

例えば、「あー!!今日バイト行きたくねー!!」とか言ってる友達みたら『じゃあ休めば?』って俺は言う。そしたら友達は「店長から怒られるから休めない!」って言うけど「店長から怒られるから休めない」わけではない、『店長から怒られたら休むことができる』のだ!

だから「怒られたくないから行く」のか「怒られても休みたい」のかシンプルに天秤にかけるだけそして天秤が傾いた方を行動ればいい。

他にも、「毎日、朝から晩まで働くのが嫌だー!」じゃあ『夜職とかで短時間で高額稼げばいい』と思う。でもこんなこと言うと「夜職は夜職で大変なんだぞ」とか言ってくるやついるけど昼職より時給が高いから当たり前だし、つまり俺の言いたいことはそういうこと!

・「会社辞めたい」→でも新しい会社見つかるかわからない!
・「浮気したい」→でも彼氏に見つかったらやばい!
・「整形したい」→でも影で色々言われるかも!

↑こんな感じで人生なんてクソゲーなんだから『〇〇したい!』って時は必ず《でも××》がついてくる。それは仕方がない。なのに みんな《でも××》をあまりにも気にし過ぎる。《でも××》を気にし過ぎると、『〇〇したい!』は何もできない。そんな時はシンプルに天秤にかければいいと思う。《××でも、〇〇したい』って思えることは、必ずやるべき。以上。

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